略論安楽浄土義

林遊@なんまんだぶつ Posted in つれづれ
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なんまんだぶのご法義では、仏願の生起本末ということをいうが、祖師方の過去の著述を読むのもありがたいことである。
と、いうわけで1500年ほど前の『略論安楽浄土義』の読み下しをUP。(*)
以下、適当に書いた『略論安楽浄土義』の説明から。

 浄土真宗の第三祖曇鸞大師(476-542)が撰述されたものといわれるが定説はみていない。親鸞聖人の著述には曇鸞大師作の『浄土論』、『讃阿弥陀仏偈』などを多く引文されるのだが、この『略論安楽浄土義』からの引文はない。なお、法然聖人(1133-1212)は、この書を曇鸞大師のものと見ておられたことは、親鸞聖人撰述の『西方指南抄』の引用の例などから判る。また、存覚上人は、『六要鈔』や『真要鈔』などで曇鸞大師のものとして引用されている。
『大経』の三輩と『観経』の九品を輩品開合(はいほんかいごう:観経の九品段は三輩を詳しく説き開いたものであり、大経の三輩段は九品を合わせ説いたということ)などが記述されており『大経』と『観経』の関係を見るうえで参考になる。また、親鸞聖人が問題とされた仏智疑惑による「胎化段」については、仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智についてそれぞれ論じられているのは興味深いものがある。

浄土の荘厳の説明に『浄土論』の三厳二十九種を簡潔に述べられ、報土へ往生浄土する三輩と、その三輩に入らない仏智疑惑の輩(不入三輩)を分類されいる。
いわゆる、阿弥陀仏の報土中に「辺地」と「胎生」を明かし、自らの罪福を信じ善本を修習する者の往く処であるとする。
御開山はこれを化土とされ、自らのなした罪福(因に返せば罪は悪で福は善)に囚われ、本願力回向の仏智を信じない者を誡められた。
この書には、仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を挙げ、それぞれに解説されておられる。