二種深信

林遊@なんまんだぶつ Post in WikiArc編集
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若い頃には、家のじいさんやばあさんが、ご信心は若い頃に貰え貰えと煩かった。
『御一代記聞書』(63)の、

一 仏法者申され候ふ。わかきとき仏法はたしなめと候ふ。としよれば行歩もかなはず、ねぶたくもあるなり。ただわかきときたしなめと候ふ。 p.1252

の意であろう。
根が単純なので「信心正因」の語に幻惑され、大谷派の機づのりの機の深信が自覚の信であると錯誤して、罪の深いことを知らしてもらうのが浄土真宗の信仰であると思っていたものである。後で知ったのだが御開山は『愚禿鈔』で七深信を挙げられ、

第一の深信は、「決定して自身を深信する」と、すなはちこれ自利の信心なり。p.522

と、機の深信単独では自利(自力)の信であるとせられいた。大谷派の責任者出て来い(笑
ともあれ不惑を過ぎてから、本願寺派の和上さま方の法筵に座すことになったのだが、自力の拵えた自覚の信を抛り投げて、なんまんだぶのご法義を知らしてもらったのはありがたいことであった。
で、御恩報謝の真似事としてネットであちこち書き散らしているのだが、wikiarcの「二種深信」の項に少しく追記してみた。

「二種深信」

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