八万四千の法門

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蓮如さんは、お文の「八万の法蔵章」で、

 それ、八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。

と、いわれている。
ここでの「八万の法蔵」とは、釈尊の説かれた八万四千の法門を指し、たとえ愚かな凡夫であっても、自らの死んで往く後世(ごせ)を知る者は智者であるとされる。
これは法然聖人の示された、

 聖道門の修行は、智慧をきわめて生死をはなれ、浄土門の修行は、愚痴にかへりて極楽にむまる。

の意を承けたものであろう。

さて、この「八万四千の法門」について、御開山はかなり特別な釈をされておられるので、この意をwikiarcの「八万四千の法門」の項に加筆し追記してみた。

→「八万四千の法門

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浮生なる相

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昔の人の文章は故事来歴を使うので悩ましい。

ただ、少しく、その故事来歴の出拠を知ると文章に深みが感じられて、ありがたいこっちゃと思ふこともある。
言葉を、ただ辞書的な意味で受け容れるだけではなく、その言葉の背景を知ることも学ぶという営みであろう。

と、いうわけで、有名な「白骨のお文」の出だしの文である「浮生なる相」についてwikiarcに追記してみた。

「浮生なる相

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済度

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某所で、浄土真宗で使われる「すくい」という言葉に混乱している人がいた。

真宗宗歌の二番では、

とわの闇より すくわれし
身の幸(さち)なにに くらぶべき
六字のみ名を となえつつ
世の生業(なりわい)に いそしまん

と、あり、この「とわの闇より すくわれし」の「すくい」がは浄土真宗における「すくい」の意味である。
と、いうわけで──どんな訳やろ(笑)──浄土真宗における「すくい」という言葉を示す「済度」について、WikiArcの「済度」について少しく追記してみた。

「済度」

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南無阿弥陀仏

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暑いし、錆びついた頭を使うと智慧熱が出て熱中症になりそうなのだが、wikiarcの「南無阿弥陀仏(なんまんだぶ)」の項に追記してみた。
以下の画像は御開山の六字釈の一部。

→「南無阿弥陀仏

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畢竟涅槃にあらざる

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畢竟涅槃にあらざる

かって大谷派の教学者が、真文類p.348 の、

以是義故。如來實不畢竟涅槃。

この義をもつてのゆゑに、如来は実に畢竟涅槃にあらざる

の文を、ここでは如来常住をあらわすのだから、

如来は実に畢竟涅槃せず

と訓むべきだが、「畢竟涅槃にあらざる」と読むならば、「如来は実は究極的な涅槃ではない」という意味になり、御開山の意図が判らないとしていた。
本願寺派の「註釈版聖典」には、このような御開山の読み替えの意図が脚注に記してあるのだが、大谷派では圧倒的に聖典への考察が不足しているのだと思ったものである。
来世の浄土往生や、無住処涅槃の還相を説き切らない、大谷派の「近代教学の、正体見たり枯れ尾花」の気分であった。

→[畢竟涅槃にあらざる]

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凡夫が、なんまんだぶを称えて報土へ往生する。

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凡夫が、なんまんだぶを称えて報土へ往生する。

そんなアホで理不尽な仏教がどこにあるか、というのが法然浄土教に対する最大の論難であった。
承元の念仏弾圧の原因となった『興福寺奏状』では「新宗を立つる失」として法然聖人の浄土宗立教開宗を非難している。
そして「第七に念仏を誤る失」(*)では、口称のなんまんだぶを、

「観経付属の文、善導一期の行、ただ仏名に在らば、下機を誘ふるの方便なり」

と「下機を誘ふるの方便なり」といい、

「ただ余行を捨つるを以て専とし、口手を動かすを以て修とす。謂ひつべし、「不専の専なり、非修の修なり」と。虚仮雑毒の行を憑み、決定往生の思ひを作さば、寧ぞ善導の宗、弥陀の正機ならんや」

などと、なんまんだぶを「虚仮雑毒の行」と非難していた。

その論難に対する為に、既存の仏教論理と違う、全く新しい宗義を展開し浄土宗を確立されたのが法然聖人であった。
のちに御開山が、法然聖人も驚くような信心の形而上学ともいえる宗義を展開をさせるのだが、凡夫が、なんまんだぶを称えて往生する、という一点を御開山は決して外しておられない。この意を、現代の真宗の坊さんは留意すべきであろうと思っている。
「信因称報説」は、覚如上人以来のご定教であろうが、善導大師の「凡夫入報説」や「是報非化論」を、少しく門徒にも説くべきであろう。

と、いうわけでwikiarcの「同居の土」に追記してみた。

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正定業

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WikiArcの「正定業」の項に追記。

なんまんだぶを称えたから救われるのではありません。
なんまんだぶを称えた者を救うという本願があるから救われるのです。
これを『歎異抄』の著者は、

本願を信じ念仏を申さば仏に成る (第12条)

と、単純明快に示してくれたのでした。
法然聖人が、

「たれだれも、煩悩のうすくこきおもかへりみず、罪障のかろきおもきおもさたせず、ただくちにて南無阿弥陀仏ととなえば、こゑにつきて決定往生のおもひをなすべし、決定心をすなわち深心となづく。その信心を具しぬれば、決定して往生するなり。」(『聖全』四 p191 『西方指南抄』「大胡の太郎實秀へつかわす御返事」)

と、仰ったと御開山は『西方指南抄』に書き残して下さってあるのだが、なんまんだぶと称えて、耳に聞こえる声に決定往生のおもひをなすべしであった。
ありがたいこっちゃな。

「正定業」

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体失不体失の往生の事

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WikiArcにタイトルの項目を追記。
善恵房証空上人は、即便往生(そくべん-おうじょう)当得往生(とうとく-おうじょう)の二種往生を説かれた。これは『観経』の三心についての、

もし衆生ありてかの国に生ぜんと願ずるものは、三種の心を発して即便往生す。なんらをか三つとする。一つには至誠心、二つには深心、三つには回向発願心なり。三心を具するものは、かならずかの国に生ず。また三種の衆生ありて、まさに往生を得べし(当得往生)。なんらをか三つとする。一つには慈心にして殺さず、もろもろの戒行を具す。二つには大乗の方等経典を読誦す。三つには六念を修行す。回向発願してかの国に生ぜんと願ず。この功徳を具すること、一日乃至七日してすなはち往生を得。 (観経 P.108)

という経文によって、平生に他力の三心を発起したときに、ひそかに即生無生身の利益を得るとして現生の即便往生を明かされた。当得往生とは、同じく『観経』の「まさに往生を得べし(当得往生)」の経文から、当来の臨終に来迎を受けて浄土に往生すると言われていた。
『口伝鈔』では、体失往生を諸行往生とし、不体失往生を業事成弁の念仏往生の正義として法然聖人に語らしめているが、『選択本願念仏集』撰述の勘文役を務めてたほどの証空上人が諸行往生義などをとなえる筈がない。そもそも不体失往生とは語義矛盾であろう。もっとも『大無量寿経』を真実の教とする御開山と、『観経』に依って宗義を立てる証空上人との綱格の違いをあらわそうとされたのかも知れないとはいえる。
『口伝鈔』の解説(*) にもあるように、覚如上人は「法然上人門下の浄土異流の中心である鎮西・西山派に対し、その派祖の弁長・証空を本書のなかで批判し、親鸞聖人の一流が正しく法然上人を伝統するものであることを示」そうとされ、「体失往生と不体失往生」のような一段を記されたのであろう。覚如上人は、御開山の現生正定聚説を強調するために、体失往生と不体失往生という名目を使われて、異流の証空上人を批判されたのであろうが、この『口伝鈔』の「体失不体失の往生の事」という諍論の存在の信憑性についてはいささか疑念の残るところである。

証空上人の『観経定善義他筆鈔』には、

此世 後生 随心解脱云事。
此世者 云即便往生、後生者 云当得往生也。

此世とは即便往生を云ひ、後生とは当得往生を云ふなり。

と、あるので証空上人は、此世と後生の現当二種の往生をみておられた。なお即も便もすなわちという意であるが、『観経』では経文の字数を合わせるために即便としたのであろう。
ちなみに御開山は『観経』に隠顕をみられるので、

また二種の往生あり。二種の三心とは、一つには定の三心、二つには散の三心なり。定散の心はすなはち自利各別の心なり。二種の往生とは、一つには即往生、二つには便往生なり。便往生とはすなはちこれ胎生辺地、双樹林下の往生なり。即往生とはすなはちこれ報土化生なり。(化巻 P.393)

と、即便の語を、即と便に分けて『観経』には即往生の報土往生と、便往生の化土往生の二種の往生が説かれているとされた。

→「体失不体失の往生の事」

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三恒河沙

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昭和に生まれて平成まで生きてきた〔いのち〕だと思うのだが、仏から見ればお前の〔いのち〕の歴史はとてつもないほど長いとおっしゃる。
御開山は、『正像末和讃』で、

三恒河沙の諸仏の
出世のみもとにありしとき
大菩提心おこせども
自力かなはで流転せり

と、ガンジス河の砂の数を三倍したほどの過去からの〔いのち〕の歴史だとされる。
ともあれ、三恒河沙という語の出拠である『涅槃経』に脚注を付けてみた。

御開山は『安楽集』「発心の久近」で引く、この『涅槃経』(意)の一段、

もし三恒河沙等の仏の所において菩提心を発すことあれば、しかして後にすなはちよく悪世のなかにおいてこの法を謗ぜず、経巻を書写し、人のために説くといへども、いまだ深義を解らず。(『安楽集』p.187)

の文について考察されておられる。『安楽集』では、今現在『無量寿経』の教えに出あえたのは、三恒河沙の諸仏のみもとでお育てを受けたお蔭なのだとされる。 この意を『唯信鈔文意』では、

おほよそ過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまひしみもとにして、自力の菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしによりて、いま願力にまうあふことを得たり。 ( (『唯信鈔文意』p.713)

と、本願力に出遇えた由縁は、過去久遠にガンジス河の砂の数の三倍ほどの諸仏のみもとで、自力の菩提心を発し、あらゆる善根を修してきたからであったとされる。
しかるに、『正像末和讃』では、

三恒河沙の諸仏の
出世のみもとにありしとき
大菩提心おこせども
自力かなはで流転せり (『正像末和讃』p.603)

と、恒河沙(ガンジスの砂)の数を三倍したほどの諸仏のみもとで、大菩提心を発しながら、何ゆえ今も迷いの境界にいるのか、という疑問について考察されておられる。これは、自力の大菩提心の成就しがたきを思ひ知るとともに、三恒河沙の諸仏に出あい菩提心を発しながら、いままで全く手掛かりのないほどの救われがたい自己であったという述懐であろう。それはまた、反顕すれば三恒河沙の諸仏のお育てによって、このたび『無量寿経』の本願力回向の教えに出あえたことを感佩しておられるのである。

浄土真宗に於ける「信心正因」とは、菩提心正因ということであるが、横超の菩提心とは私が発すのではなく、因位の阿弥陀如来の菩提心に包摂されていることを信知することであった。これを御開山は本願力回向と仰るのである。

『涅槃経』「三恒河沙諸如來」

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不断煩悩得涅槃

林遊@なんまんだぶつ Post in WikiArc編集
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かって当ブログで「不断煩悩得涅槃」について記した。→「不断煩悩得涅槃」

その時は『維摩経』の当該の一部を記したのだが、wikiarcに「不断煩悩得涅槃」の項を設けて考察を記述してみた。
『歎異抄』二条には、

親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもつて存知せざるなり。(*)

という、御開山の述懐が記されている。
まことに、「煩悩を断ぜずして涅槃を得る(不断煩悩得涅槃)」道は、なんまんだぶの他には無いのであった。
「不断煩悩得涅槃」の文、ありがたいことである。

→wikiarcの「不断煩悩得涅槃」
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