観心為清浄円明事

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資料サイトに解脱上人貞慶の「観心為清浄円明事」をUPした。その前書き。

 

解脱上人貞慶は、法相宗の学僧で最初の念仏弾圧事件を引き起こした『興福寺奏状』の起草者といわれる。貞慶は、学徳兼備の名僧として人々から尊敬され戒律の再興に力をそそいでいた。そのような貞慶にとっては、法然聖人の破戒・持戒、有智・無智、善・悪を問わず念仏を専修して浄土へ往生するという教えはとうてい理解できなかったのであろう。
貞慶は、この「観心為清浄円明事」で「出離の道は取(う)ける身の惘然として其の法を聞かざるに非ず、ただ其の心〔清浄円明な菩提心〕の発(おこ)らざるなり。是れ則ち機の教と乖(そむ)き、望みと分と之に違(たが)ふの故か。心広大の門に入らんと欲すれば、我が性堪えず、微少の業を修せむと欲すれば、自心頼み難し、賢老に遇ふ毎に問ふと雖も答へず」と、いっている。
真摯に仏道を修行している貞慶は、菩提心の発らぬことを歎き、機と教が合わないのではないかと「賢老に遇ふ毎に問ふと雖も答へず」と述べている。賢い先輩にあう毎に問うのだが誰も答えてくれる人はいなかった、といっていることから貞慶の信仰は生涯動揺し続けていたのであろう。
梯和上によれば、この問に答えてくれる人は、たった一人、法然聖人だけだったのである。法然聖人もまた同じような求道上の機と法の乖離の悩みを持っていたからである。貞慶はその問に答えるべき法然聖人を敵にまわしてしまったのであった。→「法然聖人の回心」を参照
この、死の半月前に口述された「観心為清浄円明事」では、「予は深く西方を信ずる」としているから、いつしか「但だ予の如き愚人は観念に堪えず」と述懐していた貞慶も浄土教に帰順したのであろう。
しかし、それは選択本願の本願に選択された〔なんまんだぶ〕を称える法然浄土教ではなく、また「学者性相の疑に同ぜず。世人一向の信に同ぜず」という自己の属する法相宗学にも無い貞慶独自の考える浄土教であった。 そして、「真実の正因正業は〔聖衆の来迎の〕瑞相を見て後に希有の心〔正念〕を発す。或は略法を開き、或は被(こう)むる所に依って、暫時と雖も大乗の心〔清浄円明な心〕に住すべし。然る後に正しく浄土に生ずべきなり。其の瑞相不思議と併(なら)びて是れ仏宝法宝不思議なり。」
と、聖衆の来迎によって正念を発し、そこで大乗の心〔清浄円明な菩提心〕に住して往生すると領解していたようである。その意味では、貞慶は生きているうちに〔清浄円明な菩提心〕を決定(けつじょう)できず、結局は臨終の聖衆の来迎に一縷の望みを懸けていたのであった。
法然聖人の示された、生前に信と疑を決判し、現に救いの法が〔なんまんだぶ〕と称えられ聞こえている選択本願念仏の信心に到達できなかったのであった。
聖道の菩提心とは、御開山が述懐されたように、
自力聖道の菩提心
こころもことばもおよばれず
常没流転の凡愚は
いかでか発起せしむべき
であったのである。自力の菩提心は、尊いことではあるが、機と教が乖離していては真のさとりへの階梯ではなかったのであった。御開山が「しかるに菩提心について二種あり」(*)として本願力回向の横超の菩提心を別立した所以である。
トーク:観心為清浄円明事に現代語あり。

観心為清浄円明事(心は清浄にして円明たるを観ずる事)

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

いはれ いわれ 謂れ

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wikiarcに「いはれ」の項を追加した。

いはれ いわれ 謂れ

(由来として)いわれていること。物(モノ)と事(コト)の成り立っている筋道、由(よ)って来たるわけ、理由、来歴。なお一般には〔寺のいわれ〕などのように事物の由緒の意で使う場合もある。
浄土真宗では、『教行証文類』信巻p.251の、

しかるに『経』に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。

の文によって、聞くとは、仏の願いを聞いて疑う心の無いことを「聞」という。この疑い無き聞が信である(聞即信)から、本願のいわれを聞くことを特に重視する。「疑心あることなし」とは、私のはからいが、無いありさまをいい、信心を私の側にみないということである。これが「すなはち本願力回向の信心」であった。
「生起」とは、阿弥陀仏があらゆる衆生をさとりの界(さかい)である浄土へ往生させようという本願(仏願)を起こされた根本の意図である。本末の「本」とは、阿弥陀仏が本願を成就された因本の修行の意である。「末」とは阿弥陀仏の本願と修行が既に成就して、私に届いて称えられ聞こえている〔なんまんだぶ〕が、さとりの浄土へ往く衆生済度のはたらきをしていることをいう(果末)。
この「仏願の生起本末」を、本願のいわれといい、浄土真宗では、このいわれを聞くこと、つまり聴聞することを御恩報謝の行業として最重要視する。凡夫には、広大な仏陀のさとりの世界は眼で確認(眼見)することは出来ないが、耳で聞く(聞見)ことによって信知することができるのであった。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

「一心正念」といふは、正念はすなはちこれ称名なり。

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二河白道の画像検索をしたら自宅にある構図と同じ画像があった。
林遊という法名を欲しさに度牒を貰ったのだが、その時に爺さんの奨めで在所の同行に配った複製画像である。

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二河譬はビジュアルな表現なのでインパクトが強く誤解されやすいのだが、「いまさらに行者のために一つの譬喩を説きて、信心を守護して、もつて外邪異見の難を防がん」とあるように、いわゆる譬えである。p.223
浄土真宗は信心を強調するので、ともすれば信心の対象である〔なんまんだぶ〕が忘れられることが多い。
当ブログの「汝一心正念にして直ちに来れ」でも書いたのだが、ここでの正念とは〔なんまんだぶ〕の意である。

御開山は、『浄土文類聚鈔』では、その意を明確に、

【33】 これによりて師釈を披きたるにいはく、「西の岸の上に人ありて喚ばひてのたまはく、〈なんぢ、一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉」(散善義 四六七)と。また〈中間の白道〉といふは、すなはち、貪瞋煩悩のなかによく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩ふ。仰いで釈迦の発遣を蒙り、また弥陀の招喚したまふによりて、水火二河を顧みず、かの願力の道に乗ず」(散善義 四六八)と。{略出}

【34】 ここに知んぬ、「能生清浄願心」は、これ凡夫自力の心にあらず、大悲回向の心なるがゆゑに清浄願心とのたまへり。しかれば、「一心正念」といふは、正念はすなはちこれ称名なり。称名はすなはちこれ念仏なり。一心はすなはちこれ深心なり。深心はすなはちこれ堅固深信なり。……以下転釈 (*)

と、正念は〔なんまんだぶ〕であるとされておられる。

なんまんだぶ なんまんだぶ要するに、〔なんまんだぶ〕を称えた者を迎えとるという本願の勅命を一心に受け容れて、〔なんまんだぶ なんまんだぶ〕と称えて来いということである。
これが、御開山の仰る、「この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり」(*) というご信心であった。
信心正因の言葉に幻惑されて、信心の対象である可聞可称の「なんまんだぶ」を等閑にする浄土真宗の僧俗が多いのは困ったものである。

 

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五念門

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wikiarcの五念門の脚注が『浄土論』を読む時に、しっくりこないので、天親菩薩の当面であろう五念門をあれこれ資料を漁って追記してみた。
『浄土論』では、奢摩他、毘婆舎那という、いわゆる止観の行を挙げているので、これに言及すべきだと思ふ。
もちろん、御開山は「「観」は願力をこころにうかべみると申す、またしるといふこころなり」(一念多念証文p.691)とされているのだが、思想の発展という意味では天親菩薩の意も示しておかないと、後で学ぶ者が混乱するのではと思ふ。
特に、田舎の愚昧で学ぶことに縁のない林遊のような輩には必要なことだと思っていたりする。
鈴木大拙師は『浄土系思想論』の中で、

 正統派の学者達は出来上がった御膳立を味わうことに気をとられて、そのものがどうしてそう組み上げられねばならなかったということを問はないようである。つまり自己の宗教体験そのものを深く省みることをしないという傾向がありはしないだろうか。お経の上で弥陀があり、本願があり、浄土があるので、それをその通りに信受して、自らは何故それを信受しなければならぬか、弥陀は何故に歴史性を超越しているのか、本願はどうして成立しなければならぬか、その成就というのはどんな意味になるのか、浄土は何故にこの地上のものでなくて、しかもこの地上と離るべからざるくみあわせにたっているのかというような宗教体験の事実そのものについては、宗学者達は余り思いを煩わさぬのではないか。浄土があり、娑婆があるということにたっている。──これをその通りに受け入れる方に心をとられて、何故自らの心が、これを受け入れねばならぬかについて、反省しないのが、彼等の議論の往往にして議論倒れになって、どうも人の心に深く入りこまぬ所以なのではなかろうか。始めから宗学の中に育ったものは、それでも然るべきであろうが、どうも外部に対しては徹底性を欠きはしないだろうか。p.332-333

と、言われているが、御開山が何故このように領解なさったかという過程を学ぶことで、より深く御開山の示して下さる、なんまんだぶのご法義が領解できるのである。ありがたいこっちゃな。

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→「五念門」

教行証文類のこころ

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久しぶりにUPしてある「教行証文類のこころ」を読んで見た。
梯實圓和上は、浄土真宗の根幹のタームである、往相回向と還相回向について述べておられるのだが、和上の意図を掴むには、少しく判りにくい。
往相と還相は、浄土真宗という教法の宗義でいえば、

つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。「教文類」p.135

であり、法義でいえば

本願力の回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。「浄土文類聚鈔」p.478

の、二種の回向を基底とする本願の宗義である。
浄土真宗は本願力回向という法義なのであり、この本願力回向ということは、浄土教の七祖の誰も論じられなかった義であり、それは御開山の独自の発揮であった。
ともあれ、少しでも理解を助けるために、自分用に脚注を付し、和上の示される第二十二願の3種類の読み方をノートにUPしてみた。
返って判りにくくなったかもしれないが、まあいいか。

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→「教行証文類のこころ」二日目二講

真俗二諦

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浄土真宗における社会との関わりについて、批判の対象とされてきた真俗二諦説についてWikiArcに記述した。

→「真俗二諦」

真俗二諦

 しんぞく-にたい

真諦(しんたい)俗諦(ぞくたい)のこと。

浄土真宗では、『浄土真宗辞典』(本願寺派総合研究所編)によれば、

真諦は、「第一義諦」の項に、梵語パラマールタ・サトヤ(paramārtha-satya)の意訳。世俗諦に対する語。勝義諦・真諦ともいう。真如法性、真如実相などに同じ。言説を絶した仏自内証の正覚の内容であり、出世間の真理をいう。
俗諦は、「世俗諦」の項に、梵語のサンヴリティー・サティヤ(samvrti-satya)の意訳。第一義諦に対する語。俗諦、世諦ともいう。仏の正覚の内容について仮に説きあらわされたものをいう。

とする。後に述べる、仏法を真諦とし王法を俗諦としてきた論理は使われていないようである。

この二諦は、諸経論で種々に論じられるが、代表的な大乗仏教の立場を『仏教学辞典』から部分引用。

③大乗仏教では、北本『涅槃経』巻十三 聖行品に、世間一般の人が知っている事柄を世諦とし、仏教の真理に目ざめた出世間の人のみが知っている事柄(例えば四諦)を第一義諦とする。
『中論』「観四諦品」には、すべてのものには固定不変な本性(実体、自性)がなく、無生無滅で空であると知るのを第一義諦とし、またすべてのものは、その空性(空なること)が空性としてのはたらき(空のあり得るいわれ、空の目的)をもつために、仮に現実的な物の相において顕れ、相依(そうえ)相待(そうたい)的に存立すると認めるのを世俗諦とする。
そして、われわれの言語や思想の世界は世俗諦において許されているのであり、しかもこの世俗諦によらなければ言語思慮を超えた第一義を衆生に説くことができず、第一義が得られなければ涅槃のさとりを得ることができないとする。以上『仏教学辞典』より。

御開山が「化巻」で引文された『末法灯明記』(*)には、

「それ一如に範衛してもつて化を流すものは法王、四海に光宅してもつて風を垂るるものは仁王なり。しかればすなはち仁王・法王、たがひに顕れて物を開し、真諦・俗諦たがひによりて教を弘む。このゆゑに玄籍宇内に盈ち、嘉猷天下に溢てり」

とあり、真諦・俗諦の二諦の意味を転用し、仏法を真諦、王法を俗諦とする。浄土真宗ではこの説を享けて、宗教的信仰の面を真諦、世間的道徳の面を俗諦とし、この二は相依り相(たす)けあうとしてきた歴史がある。
もちろん、御開山の『末法灯明記』引文(*)の意図は、このような真俗二諦を示すにあるのではない。現在は、末法の時代であることを否定する天台の衆徒の『延暦寺奏状』(*)の論難に対して、日本天台宗の開祖の最澄の著とされた『末法灯明記』の末法の年代の記述をもって対抗されたのである。あなた達の天台の宗祖が現代は末法であると示しているではないか、と『末法灯明記』を引文し浄土門興起の末法の証明としたのである。
また、時の権力(王法)によって、僧の破戒をもって僧尼を弾圧したことに対しての抗議を示す意図もあった。それは、仏教の通規である、戒・定・慧の三学を護り得ずに苦闘苦悩した法然聖人の帰浄(*)を追体験した御開山のプロテストでもあったのである。
それはそれとして、現代の真宗の進歩派僧侶は、仏法を真諦とし時の権力を俗諦とする、いわゆる過去の真俗二諦説を攻撃するのであるが、時間という歴史のカンニングペーパーを使って先人を攻撃するのは如何かと思ふ。真俗二諦説は、在家仏教である浄土真宗に戒がない故に、俗諦はその時代時代の倫理習慣に順応しながら、「当流安心をば内心にふかくたくはへて」(*)生きるしたたかな作戦でもあった。上に政策あれば下に対策ありである。
ともあれ、戒律を用いない浄土真宗においては、至心釈で御開山が引文された因位の阿弥陀仏の「勝行段」(*)に、真実なる生き方とはどのようなものであるかを窺うことであるといえるであろう。
越前の古参の同行は、戒律がなきゆえに、ことあるときは阿弥陀仏と相談し「親様の好きなことはするように、親様の嫌いなことはせぬように」と、自らを戒めていたものであった。

→「真俗二諦」

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約仏、約生

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WikiArcに「約仏、約生」の項目を追加。→「約仏、約生」

『教行証文類』を初めて披いたころ、深川倫雄和上が「教・行・信・証」は約仏(やくぶつ)の論理で書かれている書だから自分の字力では読まないようにと仰っていた。
約仏とは、仏の救いっぷりを仏の側から語るという意味である。私が助かるか助からないかは如来が心配して下さる事であって、私が心配することではないのである。
普通の書物を読むときは、自己が主体として読むから、解らないことが苦になる。しかし、約仏の姿勢で『教行証文類』を拝読していると、解らないことが苦でなくなるのであった。
もちろん全く解らないということではなく、少しは解るのであり、年を経て読んでいれば20年前には解らなかったことが、そういうことだったのかと突然判ることもある。まるで脳内シナプスの発火による結合のように、言葉と言葉が結合して新しい領域を示してくれる。
そのような意味では、慌ただしい日々に、たとえ一文での『教行証文類』の文を拝読することは楽しみ事ではある。ともあれ『教行証文類』は不思議な書物である。

→「約仏、約生」

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原理と現象

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FBより転載

かなり昔だが、パソコン通信をしていた時に、浄土真宗は山のごとき高き教学と、底辺の愚鈍な門徒の総体である、というようなことを言われたことがあった。
底辺の愚直な門徒である林遊はブチキレたのだが、抗弁のしようが無かったので悶々としていた記憶がある。
何の間違いか、不惑を過ぎてお聖教というものを披いて学び、よくよく考えてみたら逆であった。原理と現象とか理論と実践ということが言われるが、本願を信じ念仏を申せば仏に成る、と愚直に〔なんまんだぶ〕を称える行を実践している門徒を、底辺で支えているのが浄土真宗の教学であった。
もっとも、現在の真宗学は、かっての阿毘達磨のごとき煩瑣教学の様相を示しているので、もう少し門徒にも判るような教法の体系が必要なのではなかろうか。
そのような意味において、浄土真宗の坊さんは門徒の行信を支える為にもっと勉強して成果をネットなどに公開してもらいたいと思っていたりする。
こんな事を書いてるから坊さんに敬遠されるんだろうな、どうでもいいけど(笑

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文明第三炎天のころ

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浄土真宗はラジカルな宗教である。
西洋かぶれの我々は宗教改革といえば16世紀のルターの宗教改革を想起しがちなのだが、それに先立つ12~13世紀に日本では法然聖人によって仏教の宗教改革がなされたのであった。
既存の仏教の論理と全く違った、なんまんだぶを称えるだけで浄土で仏陀の悟りを得ることが出来ると主張する法然聖人の浄土宗は、革新的な教えであった。
それまで仏教から見離れされていた民衆にとって、あらゆる者が済度され得るいう大乗仏教運動に匹敵する衝撃をもって迎えられたのである。その衝撃ゆえに既存の仏教や為政者からは弾圧を受けた。日本の歴史上初めて僧侶の斬首が行われ主だった関係者は流罪という大弾圧をうけるのであった。
御開山親鸞聖人はその弾圧の流罪を体験した一人であり、法然聖人の教えを正確に理論体系づけられた方であった。この体系を記述した書を『顕浄土真実教行証文類』という。
ただ御開山は他の法然聖人の弟子と違い、寺院を持つことはなく著作と思索に没頭したのだが、曾孫の覚如上人は御開山の教えを慕う門徒を統合しようと本願寺という寺院を創設した。

その寺の後継者として200年後に、潰れかかった/潰れていた本願寺を再興し、御開山の教えを津々浦々まで届け日本最大の教団を組織したのが蓮如さんであった。
蓮如さんは「おれは身を捨てたり」という覚語の下で越前吉崎の地に下向されたのである。その蓮如さんの文書伝道を示す「お文(手紙)」をUPしてあるのだが、意図が掴みにくいので、本文のノート(mediawikiのシステムでは、本文について議論するノート・議論というページがある)に、梯實圓和上の講演禄をUPした。別の機会に、このお文を取り上げた和上の講義を受けたのだが耳に残る和上の口吻を思い出すとありがたいことである。
宗教離れの昨今、寺院の経営とか今後の寺院の在り方で悩んでいる坊さんも多いと思ふのだが、要するに自らが信を持つか否かであって、坊主に信心の炎が無いならば寺は早晩潰れていくだけである。

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講義の元となった帖外のお文

講演の内容

行信一念について

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御開山は御消息で、

信の一念・行の一念ふたつなれども、信をはなれたる行もなし、行の一念をはなれたる信の一念もなし。そのゆゑは、行と申すは、本願の名号をひとこゑとなへて往生すと申すことをききて、ひとこゑをもとなへ、もしは十念をもせんは行なり。この御ちかひをききて、疑ふこころのすこしもなきを信の一念と申せば、信と行とふたつときけども、行をひとこゑするとききて疑はねば、行をはなれたる信はなしとききて候ふ。また、信はなれたる行なしとおぼしめすべし。

と、信をはなれたる行もなく、行の一念をはなれたる信の一念もないとされている。いわゆる行信不離ということである。御開山は「行巻」で行の一念を釈され、「信巻」で信の一念を釈しておられる。この二つはだいぶ離れているが、この二つは行信不離だから対にして読むべきだと聞いたものである。「行巻」で、「行にすなはち一念あり、また信に一念あり」とあるから、行一念と信一念の釈はセットで読むべきなのであろう。そこで、行一念釈と信一念釈を抜き出してみた。真宗の学問とやらには全く縁がないのだが、UPしてある文章へのリンク用に、とりあえず項目を上げて見た。

→「行信一念について」

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