さびしいとき

林遊@なんまんだぶつ Posted in 仏教SNSからリモート
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私がさびしいときに、
よその人は知らないの。

私がさびしいときに、
お友だちは笑ふの。

私がさびしいときに、
お母さんはやさしいの。

私がさびしいときに、
佛さまはさびしいの。

[金子 みすゞ]

仏教に同悲(どうひ)、同苦(どうく)という言葉がある。
衆生の悲しみを自らの悲しみとし、自らの苦として共感して下さるのが仏さまであった。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ

今様

林遊@なんまんだぶつ Posted in 仏教SNSからリモート
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今様

阿弥陀仏(あみだほとけ)の誓願ぞ
かえすがえすもたのもしき
ひとたび御名をとなうれば
佛になるぞと説いたもふ
『梁塵秘抄』 

親鸞聖人の和讃も七五調四句の今様形式である。
五七五七七形式の和歌と違って、抒情的な調べではなく、物/事を説明するのに適しているような気がする。
『古今和歌集』って、何か巧言綺語の技巧的な雰囲気があるので、御開山は和歌による表現を採用されなかったのかも知れんな。

で、林遊の好きな『梁塵秘抄』から一句。

遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば
我が身さえこそ動(ゆる)がるれ

意味の解釈はご自由にどうぞ。