註釈版聖典の『教行証文類』には、何故か七祖聖教への参照ページの表記はあるのだが、浄土三部経の引文への参照ページが記されていない。
たぶん、浄土真宗の坊さんは、浄土三部経は頭に入っているという前提なのかしらん。
ともあれ、引文の場所をマークするスクリプトがあるので『無量寿経』でマーキングできるようにしてみた。ページトップの[inmon]をクリックすれば御開山が『教行証文類』で引文しておられる文が判るようになっている。
梯實圓和上は、『教行証文類』は経論釋の引文によって成り立っているが、あれは引用ではなく引文ですと仰っていた。引用なら自説の権威づけであろうが引文することによって、前人未到の全く新しい世界を切り開いて見せて下さるのであった。
つまり引文によって、元の文にない意味付けをして創作されているのであった。だから『教行証文類』は死ぬほど難しい書物なのである。しかし基底に流れているのは、法然聖人からお聞きした、なんまんだぶという本願に選択されている行業であるから、あほの林遊にも少しくわかるのであろう。意味はわからないが、なんまんだぶと称えることは、あほの林遊にも可能である。
御開山の肖像画を拝見すれば、どれも珠数をつまぐっておられるが、なんまんだぶ、なんまんだぶと自己の上に顕現している証(さとり)の世界を実感しておられたのであろうと思ふ。浄土真宗は、なんまんだぶを称えるご法義であり、それが願作仏心という阿弥陀如来から回向されて仏心がわたくしの上で顕現しているのであった。
「誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ」の、念仏衆生摂取不捨であった。ありがたいこっちゃなあ
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
→註釈版無量寿経へのリンク