某ブログで、『御文章』4帖目13通の、
これによりて法然聖人の御ことばにいはく、「浄土をねがふ行人は、病患を得てひとへにこれをたのしむ」(伝通記糅鈔)とこそ仰せられたり。しかれども、あながちに病患をよろこぶこころ、さらにもつておこらず。あさましき身なり。はづべし、かなしむべきものか。
にある、法然聖人の識語を取り上げていた。
で、「浄土をねがふ行人は、病患を得てひとへにこれをたのしむ」という言葉の出拠とされる『伝通記糅鈔』の該当部分を読み下してWikiArcに追記してみた。
法然聖人は著述をなさらかった──主著の『選択本願念仏集』も弟子の口述筆記であった──ので、真偽未詳や偽作の文献が多いといわれている。
そのような事から蓮如上人は、前記の識語を法然聖人のものとして扱われておられるのであろう。いわゆる文献批判ということが俎上に上がっていない時代にあっては、先人は文献の真偽の判定に苦労されたのであろうと思ふ。
しこうして、御開山の遺書として、怪しい『御臨末の御書』なるものがネットで流通しているのだが困ったものである。まともに御開山のご著書を読み解く〈字力〉がある者なら、文体や内容から偽書であることは一目瞭然なのだが、この書によって歌まで作ってしまった教団があるから門徒としては困ったものではある(笑
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
→浄土をねがふ行人は、病患を得てひとへにこれをたのしむ