深川倫雄和上は、旧軍の士官であり、いわゆる軍隊あがりであったから厳しい和上であった。ある意味では、この厳しさによって、林遊は深川倫雄和上に信心の驕慢の鼻を叩き折られて、愚直に、なんまんだぶを称えるようにさせて下さったものである。
「阿弥陀さまがごいっしょです」のサイトの「深川倫雄和上」の著作の欄には、「信心が欲しければ山口の俵山へ行けば手に入ります。木津西念寺支坊光摂坊の回りには、深川勧学和上の法莚に座し僧俗が捨てた信心が山のように転がっています」、と記したものであった。
厳しい和上であったが参詣者との会食の席などでは、アンタぁ、よう参ったの、まぁこっち来て一杯呑めやと親しくさせて下さったものである。── 和上に見つけて貰えるように会食の席では近くに席をとるようにしていたのは内緒である(笑 ──
以下の法話はyoutubeで見つけた温泉津での「彰順会」での法話である。午前の部は少しくノイズが入っているが和上の口吻(口ぶり。言い方)は、ありもしない信心から、なんまんだぶの味をお示し下さったことを想起し有難いことである。
「第7回彰順会深川倫雄和上」
「午後の部」
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ