仏願の生起

林遊@なんまんだぶつ Post in 仏教SNSからリモート
1

山本周五郎の『季節のない街』を原作にした映画で「どですかでん」という黒澤明監督の作品がある。

この一風変った季節のない街に、廃車になったシトロエンに住む乞食の親子がいる。
父親は、将来住む丘の上の家を思い描く夢の中に住んでおり、知識の豊富な父親は現実を見る勇気が無い。
そのため、幼い子供が残飯を集め、それを日々の糧として二人は生きている。
やがて子供が病気になり飢えながら死んでいく……。

日本人の作家で、このような、淡々と善・悪に拘泥しない世界を描ける作家は、山本周五郎だけだろう。

この映画を見るたびに、仏願の生起本末の「生起」を想う。

御開山は、「正像末和讃」に、

如来の作願をたづぬれば
苦悩の有情をすてずして
回向を首としたまひて
大悲心をば成就せり  『正像末和讃』

と、阿弥陀仏が本願を建てられたのは、回向を首(第一)としてであると讃詠される。

これは、次の『浄土論註』の「回向門」の文の意を和讃されたものである。

いかんが回向する。一切苦悩の衆生を捨てずして、心につねに願を作し、回向を首となす。大悲心を成就することを得んとするがゆゑなり。『浄土論註』

さて、仏願の生起本末だが、『浄土論註』には、浄土の国土荘厳十七種と仏荘厳八種と聖衆荘厳の四種と、合せて三厳二十九種の荘厳功徳が讃嘆されている。
曇鸞大師は、天親菩薩の『浄土論』を釈し、一々の偈に、「仏本(もと)この荘厳清浄功徳を起したまへる所以は」と、阿弥陀仏は、何故このような願を建てなければならなかったのかと「仏願の生起」を顕して下さった。
『浄土論註』の「受用功徳」には、「愛楽仏法味 禅三昧為食」(*)とある。

禅三昧を食とするとは、どういうことか。
拾ったり盗んだりしなければ食べていけない親子がいた。ある日子供が病気になる。拾いにも盗みにもいけないから、食べるものがない、病気の子供に食べさせるものがない。
やがて、子供は病気と飢えのために虫の息、親としては辛い。

そこで、柱にかかっている袋を指差す。袋には砂が入っている。
坊よ、あの袋が見えるか、あの袋の中にはな、真っ白いお米が入っているんだぞ。坊やの病気が良くなったら、あのお米を炊いてお腹いっぱいご飯を食べような、としかいいえない親である。
『浄土論註』には、

あるいは沙を懸けて帒を指すをあひ慰むる方となす。ああ、諸子実に痛心すべし。『浄土論註

と、諸子実に痛心すべしと慨嘆されている。
このょうな親子の為に、食べることに心配しない国を用意したぞ、禅三昧を食とする国を成就したぞというのが、仏願の生起である。

浄土真宗の信心は、ともすれば、阿弥陀さまがいて本願があるから、信じて称えて、その阿弥陀さまの心にかなうようになるのが信心だと思い勝ちである。実際に僧俗ともにそう思っている人が多い。
本願があるから信じようとする、これは間違いである。

「回向を首としたまひて、大悲心をば成就せ」られた阿弥陀さまであるから、仏願の生起のところから衆生への回向であり、衆生の苦悩を材料として建てられたのが本願である。

これが、『無量寿経』の、

令諸衆生功徳成就(もろもろの衆生をして功徳成就せしむ) 『無量寿経

で、ある。

私を取り込んで、私の苦悩煩悩を材料として建てられた本願であるから、私が「信ずる」なら、私は本願の外である。
林遊がいるから、林遊への回向を首としたまひて、林遊を救うご本願が立てられたのである。

御開山は、天親菩薩と曇鸞大師の一字を採られて親鸞と名乗られたが、一々の仏願の生起の根拠を『浄土論』と『浄土論註』に依られたのであろう。
浄土真宗は信じる宗教ではない。林遊を材料として建てられたご本願を、これはこれはと受け容れるのが浄土真宗の、阿弥陀仏から回向されたご信心である。いわばオーダーメード、御仕立てあがりのご本願である。

あとは、これはこれはと、驚くべきご法義に、なんまんだぶ、なんまんだぶである。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ……

« Prev: :Next »

One Response to “仏願の生起”

Leave a Reply