ネットでは言葉だけの世界だから、コミュニケーションにおける言葉による誤解や錯覚も多い。
林遊の場合は、攻撃的な性格からか、つい、あほとか莫迦という罵倒語を多用するので、より誤解されやすい。言っている当人が一番愚かである事を知っているから、つい相手も同じであろうとキーボードを叩いてしまう。
『涅槃経』には、畢竟軟語、畢竟呵責、軟語呵責 とあるが、本当の意味での言葉を使われるのは、菩薩・諸仏だけなのであろう。
さて、阿弥陀さまの法の前で、誰が愚かかという話である。
稲城和上から聞いた法話。
山口におきそという三十路(みそじ)を過ぎてなお嫁(とつ)がない浄土真宗の門徒がいた。
おきそ同行は心の変調からか少し頭が足りないと世間で言われている。
そんな、おきそ同行は、毎朝自宅の前を役場へ向かう人力車の村長に声をかけるのが日課だった。両腕を頭の後ろで組んで、
「村長さんは気の毒やなあ」
毎日の事であるから、村長さんも慣れていたのだが、ある日の事少し虫の居所が悪かったのだろう、
「コラッ、おきそ、世間ではお前の事を馬鹿の天保銭のおきそと言っているのを知っているのか、この八文め」
と、人力車を止めておきそ同行を詰問した。
おきそ曰く、
「村長さんは一円銀貨じゃから先が見えん、おきそは穴開き銭(天保銭)の八文じゃから先の後生が見える」
と、言ったそうな。
蓮如上人の御文章には、
「それ、八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり」(八万の法蔵章)
と仰せだが、生死を超えた浄土の世界を後世と定めたおきそ同行の言葉に、村長さんもビックリしただろうな。
以下、この法話の時代背景。
明治4年12月19日発令の新貨条令では天保銭10枚を以て八銭となり1枚が八厘(八文)となる。当百が八文通用で、一人前に百文で通用しないので、囃子言葉で馬鹿の八文天保銭と呼んだ。
林遊の子供の頃には、何回同じ事をさせても出来ない林遊に「お前は八文かぁ」と言われた記憶がある。
言葉は歴史的な背景の中で語るものであり、権利とか人権という翻訳語の上でご法義を語るのは、歴史を時間というカンニングペーパーの上で語るような虚しさがあるな。