浄土真宗では「嘘も方便」という言葉は使わない。

林遊@なんまんだぶつ Post in WikiArc編集, つれづれ
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浄土真宗では「嘘も方便」という言葉は使わない。

何故なら、仏教の上では、嘘とはマイナスの概念を示す語であり、方便とはプラスを示す仏教語であるからである。
仏教語と世俗語は、そもそも存立基盤が違うのであり、辞書でも同じ語に「仏語」という項目があり仏教での意味を別に示してある。
仏教では身心(東洋的)や心身(西欧風)ではなく、身・口・意として、口業(語業)という言葉を重視するのであった。その意味では言葉を超えた世界を言葉で表現するのが仏教の論理であり、言葉を大事にするのである。その意味で「信」(人と言からなる会意)を重視する浄土真宗では「嘘も方便」というような表現法を使うことはない。
ともあれ、仏陀のさとりを示す世界を言語化しようとしてきたのが、仏教の歴史であり、浄土真宗では、なんまんだぶと称えるか称えないかが「信疑決判」であった。

それにしても、阿弥陀仏の善巧方便を「騙し」と表現した高森親鸞会の高森顕徹氏は、いよいよ「病膏肓に入る」だな(笑

画像はブログ:→親鸞会を脱会した人(したい人)へ から

善巧方便と権仮方便

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

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