聞此法歓喜 信心無疑者

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wikiarcの「聞此法歓喜 信心無疑者……」の項に以下を追記した。

 

菩提心を説く『華厳経』「入法界品」(晋訳)にある文。『教行証文類』(信巻 P.237)で引文されておられる。

通常は、

聞此法歡喜(もんしほうかんぎ) 信心無疑者(しんじんむぎしゃ)

この法を聞きて歓喜し、心に信じて疑なければ、

速成無上道(そくじょうむじょうどう) 與諸如來等(よしょにょらいとう)

すみやかに無上道を成じ、もろもろの如来と等しからん。

と読むのだが、御開山は、

聞此法歡喜 信心無疑者

この法を聞きて信心を歓喜して、疑なき者は、

速成無上道 與諸如來等

すみやかに無上道を成らん。もろもろの如来と等し。

と訓まれ、如来から回向された信心を歓喜する「信心歓喜」の意に転じられた。これは本願成就文に、

諸有衆生(しょうしゅじょう)聞其名号(もんごみょうごう)信心歓喜(しんじんかんぎ)乃至一念(ないしいちねん)至心廻向(ししんえこう)

あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまへり。 (大経 P.41)

とある「信心歓喜」の文の意を洞察されて、如来から回向された「信心を歓喜して、疑なき者は」と訓じられたのであろう。
「聞此法(この法を聞きて)」の法とは「入法界品」の当面では善財童子に代表される修行者の発こす菩提心の法である。これを転じて、この法とは阿弥陀如来因位の法蔵菩薩の菩提心(本願)であり、これが私に於いては回向された願作仏心であり、還相の度衆生心であるとされた。浄土真宗の横超菩提心とは、私が発起するのではなく阿弥陀如来の菩提心に包摂されていることをいうのである。この包摂されている意味において「もろもろの如来と等し」とされたのである。本願を受容した念仏の信心の行者は、諸仏と等しいとされるのであり、これが現生正定聚説の根拠の一でもあった。
この意を「諸経和讃」の以下の和讃の前半で、

(94)

信心よろこぶそのひとを

 如来とひとしとときたまふ

 大信心は仏性なり

 仏性すなはち如来なり (*)

と、「信心よろこぶそのひとを、如来とひとしとときたまふ」と和讃されたのであった。 なお、句の後半は『涅槃経』の、

大信心はすなはちこれ仏性なり、仏性はすなはちこれ如来なり。 (信巻 P.237)で引文

からとられたのである。御開山が学んでおられたのは、天台教学であった。その天台の教判では、釈尊一代の教をその説かれた時を五時に分類して考察している。いわゆる、華厳時、阿含時、方等時、般若時、法華・涅槃時の五時教判である。もっともこの分類法は現在の仏教教理史上では受け入れられていないのだが、天台僧として二十年にわたって学ばれた御開山にとっては当然のことであったと思われる。
前掲の和讃や引文などを窺うと、釈尊の最初の説法とされる『華厳経』と最後の説法であるとされる『涅槃経』を挙げることによって、釈尊の説かれた全仏教を、誓願一仏乗(行巻p195)に総摂するという意図もあったのであろう。「御消息」第一通で「選択本願は浄土真宗なり、定散二善は方便仮門なり。浄土真宗は大乗のなかの至極なり」(消息P.737)として「大乗のなかの至極なり」とされた所以である。

「聞此法歓喜信心無疑者……」

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光なき人 光を仰ぐ

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加賀の三羽烏といわれた藤原鉄乗師に、

光追う 人に光は  なかりけり
光なき人 光を仰ぐ

という句がある。
若い時には理想や自己実現という願望の光を目指すのである。しかして、その理想と現実のギャップの中に存在している光なき自己の現実に気がついたとき、ごまかす事のできない、苦悩の中にあった自己を発見するのであろう。
理想と現実のはざまで、夢や期待の光を追いかけていた自己の存在の基底の、光なき煩悩の闇の中に息づいている自力の中にいる己を発見するのであった。
小林一茶は、世の中は 地獄の上の 花見かな、という句を詠んだが、理想の実現をおい求めることを想い描く自己の足下には、いつか現実化される厭わしい世界が着々と根底に準備さつつあるのであった。
老いるとは、死なねばならぬという現実の中で、自らの想いの火を消して浄土からの、なんまんだぶという救いの光を仰ぐことであり、これが他力の浄土を目指す浄土真宗のご法義であった。
ともあれ、仏教には心理学的な方面からの考察もあり、ユング派の河合隼雄氏の「灯を消す方が よく見えることがある」という考察は、第十九願や第二十願の光を求めるという発想の逆であろうと思ふ。
以下、河合隼雄氏の『こころの処方箋』から引用。

灯を消す方が
よく見えることがある

子どもの頃に読んだ、ちょっとした話がずっと心のなかに残っていることがある。次に紹介する話も、少年倶楽部あたりで読んだのだと思うが、妙に印象的で心のなかに残り続けていたものである。
何人かの人が漁船で海釣りに出かけ、夢中になっているうちに、みるみる夕闇が迫り暗くなってしまった。あわてて帰りかけたが潮の流れが変わったのか混乱してしまって、方角がわからなくなり、そのうち暗闇になってしまい、都合の悪いことに月も出ない。必死になって灯(たいまつだったか?)をかかげて方角を知ろうとするが見当がつかない。
そのうち、一同のなかの知恵のある人が、灯を消せと言う、不思議に思いつつ気迫におされて消してしまうと、あたりは真の闇である。しかし、目がだんだんとなれてくると、まったくの闇と思っていたのに、遠くの方に浜の町の明かりのために、そちらの方が、ぼうーと明るく見えてきた。そこで帰るべき方角がわかり無事に帰ってきた、というのである。

この話を読んで、方向を知るために、一般には自分の行手を照らすと考えられている灯を、消してしまうところが非常に印象的だったことを覚えている。子ども心にも何かが深く心に残るということはなかなか意味のあることのようで、このエピソードは現在の私の仕事に重要な示唆を与えてくれている。
子どもが登校しなくなる。困り切ってその母親が相談に行くと、学校の先生が、「過保護に育てたのが悪い」と言う。そうだ、その通りだと思い、それまで子どもの手とり足とりというような世話をしていたのを一切止めにしてしまう。ところが、子どもは登校しないどころか、余計に悪くなってくる気がする。そこで他の人に相談してみると、子どもが育ってゆくためには「甘え」が大切である。子どもに思い切って甘えさせるといい、と言われる。困ったときの神頼みで、ともかく言われたことをやってみるがうまくゆかない。どうしていいかわからないということで、われわれ専門家のところにやって来られる。
「過保護はいけない」、「甘えさせることが大切」などの考えは、それはそれなり一理があって間違いだなどとは言えない。しかし、それは目先を照らしている灯のようなもので、その人にとって大切なことは、そのような目先の解決を焦って、灯をあちらこちらとかかげて見るのではなく、一度それを消して、闇のなかで落ちついて目をこらすことである。そうすると闇と思っていたなかに、ぼうーと光が見えてくるように、自分の心の深みから、本当に自分の子どもが望んでいるのは、どのようなことなのか、いったい子どもを愛するということはどんなことなのか、がだんだんとわかってくる。そうなってくると、解決への方向が見えてくるのである。
不安にかられて、それなりの灯をもって、うろうろする人(このことをできるだけのことをした、と表現する人もある)に対して、灯を消して暫らくの闇に耐えて貰う仕事を共にするのが、われわれ心理療法家の役割である。このように言っても、闇は怖いので、なかなか灯を消せるものではない。時には、油がつきて灯が自然に消えるまで待たねばならぬときもあるし、急を要するときは、灯を取りあげて海に投げ入れるほどのこともしなくてはならぬときがある。そんなことをして、闇のなかに光が必ず見えてくるという保証があるわけでもない。従って、個々の場合に応じて、心理療法家の判断が必要となってくるのだが、その点については、ここで論じることはしない。
もっとも、不安な人は藁をもつかむ気持で居られるので、そのような人に適当に灯を売るのを職業にしている人もある。それはそれなりにまた存在意義もあるので、にわかに善し悪しは言えないが、それは専門の心理療法家ではないことは確かである。
子ども心にも、特に印象に残る話というのは、やはりその人にとって、人生全体を通じての深い意味をもっているものなのだろう。子どもの頃に知って記憶している話が、現在の自分の職業の本質と密接にかかわっていることに気づかれる人は、あんがい多いのではなかろうか。
別に心理療法なんかを引き合いに出さなくとも、目先を照らす役に立っている灯──それは他入から与えられたものであることが多い──を、敢て消してしまい、闇のなかに目をこらして遠い目標を見出そうとする勇気は、誰にとっても、人生のどこかで必要なことと言っていいのではなかろうか。最近は場あたり的な灯を売る人が増えてきたので、ますます、自分の目に頼って闇の中にものを見る必要が高くなっていると思われる。

宗教の世俗化ということが久しいのだが、浄土真宗の坊さんが「場あたり的な灯を売る」、癒しを説く人になっているのは門徒として悲しいことではある。

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浄土真宗の信心

林遊@なんまんだぶつ Posted in WikiArc編集
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wikiarcで使用しているmediawikiというソフトには、他のページや外部のwikiのページを転送して文章の一部として出来る機能がある(*)。いわゆる文章の多重化というコピーと違って、転送先の文書に変更があれば自動的に参照している文章も変更されるのでコンテンツの共有には便利である。
そんなこんなで、wikiarcの「信心」の項目を更新してみた。以下は林遊が追記した文章だが、転送した梯實圓和上の「たまわりたる信心」という考察はありがたいものである。

一般的には、信心とは神仏への加護や救済を願い祈ることをいう。 しかし、浄土真宗に於ける信心という概念は、いわゆる信仰型の諸宗教における信心とは大きな違いがある。
浄土真宗においての信心とは、私の側で信を起こす心の意味ではない。私に浄土で仏のさとりを得させようという、本願(仏の願い)に対しての宗教的態度の表現をいう。真如から来生する、如-来の願いを受容する態度を表現する言葉が浄土真宗の信心である。このような本願に対する受動的態度を、信知信受信順などとも呼び、真宗独自の、無義為義である宗教言語表現を御信心(ご-しんじん)というのである。信はたまわるものであり、私の側に見ないから敬語表現で「ご信心」というのである。このご法義の先達が「信は仏辺に仰ぎ、慈悲は罪悪機中に味わう」といわれた所以である。この仏の本願を受け容れ信順することを『歎異抄』では「たまはりたる信心」(*)というのであった。
なお、浄土真宗における救済とは、仏の本願によって浄土に生まれ(往生、到彼岸)、仏のさとりを得て仏と成り(成仏)、生死を超える(解脱)ことを救済というのである。浄土真宗という宗名は、往生浄土の真実の宗という意味である。このような意味から現世での我執による利益を欣うことを否定するのが浄土真宗の特徴である。 →法話 他力の信の特色

→「信心」

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興福寺奏状とは

林遊@なんまんだぶつ Posted in WikiArc編集
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wikiarcにUPしてある『興福寺奏状』の表題の解説を記(しる)してみた。
そのうちに、『興福寺奏状』の各条ごとに善導大師のように、

いぶかし、今時の一切の行者、知らずなんの意ぞ、凡小の論にすなはち信受を加へ、諸仏の誠言を返りてまさに妄語せんとする。 苦しきかな、なんぞ劇しくよくかくのごとき不忍の言を出す。

の、信受の突っ込みを入れたいと思っていたりする(笑
以下追記した語。

『興福寺奏状』は、元久2年(1205)奈良興福寺の衆徒が法然聖人の提唱した専修念仏の禁止を求めて朝廷に提出した文書で、起草者は、法相宗中興の祖といわれる解脱坊貞慶上人とされる。法然聖人弾劾の上奏文というべき文書であり、これを因として、承元の法難と称される法然師弟に対する死罪を含む専修念仏への弾圧がなされた。御開山は『教行証文類』の後序で、

ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛んなり。しかるに諸寺の釈門、教に昏くして真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷ひて邪正の道路を弁ふることなし。
ここをもつて興福寺の学徒、太上天皇[後鳥羽院と号す、諱尊成]今上[土御門院と号す、諱為仁]聖暦、承元丁卯の歳、仲春上旬の候に奏達す。主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ。これによりて、真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、罪科を考へず、猥りがはしく死罪に坐す。あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。予はその一つなり。

とされておられる。法然聖人の提唱した選択本願念仏という教説は、仏教における宗教改革といえるような先鋭的な仏教思想であり、当時の──ある意味では現代においても誤解されやすい──仏教界には異端邪説としか受け取れなかったのであった。
なお、余談ではあるが、この『興福寺奏状』の起草者と目されている解脱坊貞慶上人は、死の半月前に口述された「観心為清浄円明事」(*)で、「予は深く西方を信ずる」としているから、いつしか貞慶も浄土教に帰順していたのであった。また、念仏弾圧を命じた後鳥羽上皇も承久の乱によって隠岐の島へ配流され、無常にかられ阿弥陀如来がまします浄土へ往生したいという意で、『無常講式』(*)を作り南無阿彌陀佛と述しておられるのであった。

「興福寺奏状」

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機無・円成・回施・成一

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浄土真宗の先輩諸師方は、難解な『教行証文類』を読み解く為に、いろんな補助線を用意して下さってある。機無・円成・回施・成一という名目もその一つである。
漢字の特色の一つに造語力というのがあるのだが、宗教言語の世界で使われる漢語は辞書を引いても出てこない語(ことば)なので混乱する。また、その概念が判りにくいので、ご法話のお聴聞で学ぶしかないのであろうと思ふ。
昔は、絶妙なる譬喩で難しい概念を易しく説く布教使がたくさんいたものだが、最近の坊さんは浄土真宗の、なんまんだぶのご信心を説き切らないので困ったものである。
もっとも、聞く側の耳が育っていないからという面もあるのだが……

と、いうわけでwikiarcに、機無・円成・回施・成一の項目を追加してみた。

「機無・円成・回施・成一」

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最要鈔

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少しく調べたいことがあったので、覚如上人述の『最要鈔』を国立国会図書館デジタルコレクションから持ってきてUPしてみた。
覚如上人は、当時の鎮西浄土宗の多念義の傾向に対抗する為か、一念義的な傾向が窺える。いわゆる本願成就文の「信心歓喜 乃至一念」の一念の信を強調するあまり、乃至という〔なんまんだぶ〕の称名を軽視する嫌いがあると思ふ。
確かに信後の称名には、行者の意許(こころもち)では御恩報謝という意味もあるのだが、なんまんだぶと称えてなんまんだぶと聞える、浄土から顕現する呼び声を等閑に付する恐れもあるのである。

法然聖人は、

 又云、一念・十念にて往生すといへばとて、念仏を疎相に申せば、信が行をさまたぐる也。念念不捨といへばとて、一念・十念を不定におもへば、行が信をさまたぐる也。
かるがゆへに信をは一念にむまるととりて、行をは一形にはげむべし
又云、一念を不定におもふものは、念念の念仏ごとに不信の念仏になる也。そのゆへは、阿弥陀仏は、一念に一度の往生をあてをき給へる願なれば、念念ごとに往生の業となる也。(和語灯録p.633)

と、「信をば一念にむまるととりて、行をば一形にはげむべし」とのお示しであった。なぜなら乃至十念は、本願に誓われた往生決定の「行」であるからである。

御開山は、「信巻」で至心・信楽・欲生の三心を結釈されて、

 まことに知んぬ、至心・信楽・欲生、その言異なりといへども、その意これ一つなり。なにをもつてのゆゑに、三心すでに疑蓋雑はることなし、ゆゑに真実の一心なり。これを金剛の真心と名づく。金剛の真心、これを真実の信心と名づく。真実の信心はかならず名号を具す。名号はかならずしも願力の信心を具せざるなり。このゆゑに論主(天親)、建めに「我一心」(浄土論)とのたまへり。また「如彼名義欲如実修行相応故」(同)とのたまへり。 p.254

と、「真実の信心はかならず名号を具す。」とされておられる。行と信あいまっての、行信不離(*) が御開山の示して下さった浄土真宗というご法義である。その意味で信の一念に腰かけて、なんまんだぶを称えない者は、御開山の御同行ではないのであると思ふ。
御開山は、『大経讃』の結論として、

(71)
念仏成仏これ真宗
万行諸善これ仮門
権実真仮をわかずして
自然の浄土をえぞしらぬ (*)

と、「念仏成仏これ真宗」と、されておられ、真宗は〔なんまんだぶ〕を称え往生を目指すご法義であった。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
→『最要鈔』

もし念仏するのもは

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wikiarcのトップに、

もし念仏するものがいるなら、まことにその人は白く清らかな蓮の花とたたえられる尊い人であると知るがよい。

という画像を貼っている。
宮沢賢治は、「法華経」に説かれる常不軽菩薩を理想としたそうだが、浄土真宗の家に生まれた彼には、聴聞の場で、なんまんだぶ、なんまんだぶと称える愚昧な門徒こそが、「もし念仏するものは、まさに知るべし、この人はこれ人中の分陀利華なり(若念仏者 当知此人。是人中分陀利華)」だということにまで理解が及ばなかったのであろうか。
これこそ、なんまんだぶの法を伝えることを懈怠した真宗坊主の怠慢なのだが、御開山が『華厳経』と『涅槃経』を引いて、

信心よろこぶそのひとを
如来とひとしとときたまふ (*)
大信心は仏性なり
仏性すなはち如来なり (*)

と、された、なんまんだぶを称える信心は仏性であるから、互いに尊重してお互いの仏性を礼拝する心持で接するのが、浄土真宗における常不軽菩薩の精神であろう。
かって、本願寺派では「信心の社会性」という語で教団をリードし改革しようという試みがあった。しかし、信無き社会派の坊さんを量産するだけであった。
僧侶としてのアイデンティティー(主体性)を、浄土を目指す「念仏往生の本願」におくのではなく、世俗社会の中に求めようとした結果である。社会という近代の概念に幻惑されて、浄土を喪失した坊主の「成れの果て」であろう。
浄土教は、此土と彼土の二元論に立脚する宗教であり、一元的に把握する宗教ではない。浄土において/浄土を目指すことにおいて、自己の存在の意味を知る仏教である。本願力回向という仏陀のさとりの世界から届く、称えて聞く、なんまんだぶを知らないから、御開山が示して下さった「現生正定聚」という世界を知らないのであろう。
なんまんだぶと称える行為は、現に私の上に仏陀のさとりの世界が顕現しているのであり、それを御開山は現生正定聚といわれたのである。
ありがたいこっちゃな。

なんまんんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
「正定聚」

若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声

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『教行証文類』を拝読していると、時々、ん? となる。
林遊は好奇心のかたまりであるから、一度気になると脳内がもやもやして気持ちわるいので納得のいく解が欲しくなる。
そんなこんなで、「行巻」で引文されておられる『往生礼讃』の文の末尾に、

智昇法師の『集諸経礼懺儀』の下巻は善導和尚の『礼讃』なり。これによる。(*)

と、ある語が気になったので、wikiarcに追記してみた。
好奇心の無い者は、たとえ若者であっても老人と呼ぶのであり、好奇心のある者はたとえ百歳であっても若者と呼ぶそうだが、死ぬまで好奇心を大事にしたいものである。「法門無尽誓願知(法門は無尽だが、すべて学び尽くそう)」、ありがたいこっちゃ。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
「若我成仏…」

願行具足論

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wikiarcの「別時意」の項に、善導大師の願行具足論を追記。

面白いことに御開山は願行具足論を使われないのだが、こういうところが勉強になる。

願行具足論

この摂論学徒の往生別時意の論破が善導大師の願行具足論である。(玄義分p.324)

『摂大乗論』では、「唯だ発願するに由りて安楽仏土に於いて、(かしこ)に往きて生を受くるを得」(*)という経の文は別時意であるとする。それを釈した『摂大乗論釈』では「譬えば、一金銭を営むに由つて千金銭を覓(もと)めて得るとは、一日に千を得るには非ず、別時に由つて千を得るが如し。如来の意もまた爾なり。此の一金銭を千金銭の因と為す。仏名を誦持するもまた爾なり。退堕せずを菩提の因と為すなり」(*)と、今の称仏は、遠い未来 (別時)に得ることをすぐに得られるように説いた方便説であるという。たとえば日に一の金銭を蓄積すれば、やがて未来に千の金銭を得ることができるようなものだとする。称仏の果を得るのは遠い未来のことだというのである。
それに対して善導大師は、たしかに願のみでは「遠生のために因」であるといえるが、『摂大乗論』では、願について論ずるのみで、行について論じていないから後の摂論学徒は誤解したのだとする。善導大師は、「今時の一切の行者、知らずなんの意ぞ、凡小の論にすなはち信受を加へ、諸仏の誠言を返りてまさに妄語せんとする」と「凡小の論にすなはち信受を加へ」と仰信の強烈な言葉を発している。
そして、有名な六字釈

いまこの『観経』のなかの十声の称仏は、すなはち十願十行ありて具足す。 いかんが具足する。

「南無」といふはすなはちこれ帰命なり、またこれ発願回向の義なり。 「阿弥陀仏」といふはすなはちこれその行なり。 この義をもつてのゆゑにかならず往生を得。(玄義分p.325)

と、南無阿弥陀仏と称えることは、南無は帰命という「願」であり、阿弥陀仏とは第十八願の乃至十念という阿弥陀仏が選択された「行」であり、南無という「願」と阿弥陀仏の「行」が具足しているから、必得往生(ひっとく-おうじょう)、必ず安楽仏土へ往生するのだとされた。
また、浄土へ往生するということは、正報(仏陀と成ること)ではなく、依報(仏の報仏国土)を目指すものであるから、摂論学徒は、この点でも『摂大乗論』の意図を誤解しているのであると論破された。なお御開山の六字釈(*)は、この善導大師の六字釈を元に本願力回向の立場で解釈されておられ、願行具足論は使われていないので注意すること。

参照→「六字釈」

wikiarcの「別時意」の項に追記。

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念仏別時意

林遊@なんまんだぶつ Posted in WikiArc編集
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善導大師の有名な六字釈

「南無」といふはすなはちこれ帰命なり、またこれ発願回向の義なり。 「阿弥陀仏」といふはすなはちこれその行なり。 この義をもつてのゆゑにかならず往生を得。

を、善導大師がしなければならなかった『攝大乗論』と『攝大乗論釈 』の該当部分をUPしたページを更新してみた。

これで思ひ出すのが、高森親鸞会の高森顕徹氏の「現代の教行信証」とされる「会報」の文である。かって脱会した幹部から入手した文書を斜め読みしてたところ、

別時意趣とは、無著菩薩の書かれた『攝大論』の中に、佛の説法に四趣といって、四通りの説き方があるとして、その一つに別時意趣というのがある。

という文に行き当たって、頭を抱えた(笑
この一段は、高森親鸞会の講師もブログで引文していたので、ネットで突っ込みを入れたら何故かブログごと削除されてしまった。
たぶん高森顕徹氏が、意味も判らずに他の書物から書き写したとき、乗と朱、意と悪を写し間違えたのだろう。 まともな真宗の者なら、六字釈の論破の対象となった『攝大乗論』や「四意趣」という言葉を間違う筈はないのである。
それにしても、数十年の間、誰もチェックしなかったというのは、高森親鸞会の仲間うちで蓮如上人以来の善知識であるという高森顕徹氏の権威に、誰も反論できない空気があったのであろう。これこそ善知識頼みの弊害である。裸の王様に、あなたは裸ですと言えないのであろう。

真宗の布教使も、時々意味不明な言葉を引用するのだが、林遊のような門徒としてはその文言の出拠を言え、と突っ込みたくなるのを我慢していたりするのであった。
坊主を育てるのは門徒の仕事ともいわれるのだが、門徒の声に耳をかさない坊主は困ったものではある。

なんまんだぶ なんまんまんだぶ なんまんだぶ
『摂大乗論』、『摂大乗論釈 』の別時意釈